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情報拡散のお願い

台風12号の災害から時間が経つのが早くて、もう二か月。

ここ和気では、上川地区唯一の金融機関である和気郵便局が10月24日に約50日ぶりとなる営業を再開しました。(→関連記事リンク

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(写真左)3日間続いた雨の2日目、9/3AM9時。(写真右)次の日には郵便局がすっぽり水の中で見えなくなるほどの大水でした。




上川地区で一番被害の大きかった小船でも、浸水した家の掃除、川が運んできた木材・石・泥などの片づけや、使えなくなってしまった家の解体などが終わり、作業としては落ち着きを取り戻してきました。

小船の区長である新宅さんは、ご自分の家や祖父が残した家が浸水し、壊滅的な被害を受けたにも関わらず、地区内外の仕事を率先されていて、後回しになっていました
が、ようやく今は大工さんに入ってもらって補修工事をしてもらうのを待つという段階です。

自分の窮地にあって、他人の為に行動できる人だからこそ、新宅さんは上川地区のまちづくり協議会の会長と紀和町漁業組合の会長を歴任するなど、人の上に立てる人なんだと思いました。

どこかの国の独裁者とは違って、下にいる人を押さえつけるのではなく、たくさんの人に支えられることで意図せずに人の上に立つという人間関係が残る地域社会にいるという実感が、たまらなく嬉しい。心の奥底からあつい感情がこみあげてきます。




このごろ、山々が色づきはじめ、朝晩がめっきり涼しくなってきました。

小船区の避難所である寺は高台にあり、高齢の住民さん達にはこれから迎える冬の寒さに不安がよぎります。

少しでも早く自宅に戻れるように、微力ながら小船区の復興支援基金のブログをたちあげました。(→ブログへリンク

すでにたくさんの方々にご協力いただき、かなり集まってきていますが、流されてしまった公民館と診療所の建設費に加え、80歳以上の高齢で家が流された方と全壊した方の手助けになれればと思い、さらなるご協力をお願いします。

台風12号の情報がこの地域以外であまり広く知られていないのではないかと思います。

これを見て情報の拡散にご協力いただければ、ありがたいです。



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災害から1ヵ月の現状

台風12号による災害から1ヵ月が経ちました。

あの水の恐怖は、今でも鮮明に焼き付いています・・・

迷ったけど、少しだけ増水時の記録を載せさせてもらいます。

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ここ上川地区では復旧作業が今も続いています。


僕は地元の方や熊野市社会福祉協議会を中心としたボランティアセンターの方達と連携して、復興活動に取り組んでいます。

具体的には、浸水した家屋の家財道具やタタミなどを災害ゴミとして片づけ、床下に入った泥をかき出して石灰を撒いたり、壁材をはずして水が入った断熱材を取り除いたり、家そのものを解体したりといった作業です。



自然の力はものすごくて、景色が一変した箇所がそこらじゅうに・・・
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水を含んだ畳や布団は重くて、とても一人では担げません・・・

人の力を痛感!

ほんとうに多くの方がボランティアで助けてくださいました。

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おかげ様で、上川地区で災害に遭われた家の片づけはほぼ終了しました。



これから何もなくなってしまった家を補修する為、乾燥させて大工さんに見てもらわなければ家に戻れません。

でも、大工さんは引っ張りだこで手が足りていないし、いつ家に戻れるのかわからない避難所の生活は疲労と寒さで厳しさを増すばかりで心配です・・・



和気の避難所で生活している子供たちに何かできないかと思い、ピザ作りを一緒にやりました。

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やっぱり女の子は上手で、すぐにコツをつかんでおにいちゃんに教えたりダメだししたり(笑)
子供たち5人で6枚のピザをつくりました。

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デザートには作ってきたかぼちゃプリンを食べてもらい、お母さんにも喜んでもらって大成功でした!
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今では和気の避難所は閉鎖となり、このご家族は和歌山県に移ってしまいました。
和気の家が住めるようになれば、戻ってきてくれるということですが、いつになってしまうのか・・・
早く戻って来れるように、大工さんに頑張ってもらいたいと祈ることしかできません。。。


和気と楊枝の避難所は閉鎖しましたが、壊滅的な被害を受けた小船という集落では、今もお寺での避難所生活が余儀なくされたままです。
 

小船区は公民館や診療所といった公共施設まで流出してしまい、今後どのように復興すべきか?
早い対応が望ましいけれど、財源もないし、高齢者が多く、どうしたらいいのか??

これからは、家の再建と次に来ないとも限らない災害に備えて対策を考えていかねばならない。

それと、自然と隣り合わせの生活は、恩恵と脅威が同じようにあるのだと認識した上で、ここに住みたいと思ってくれる若者を一人でも増やせるようにしたい。

このブログをみてくださってる方にも、それぞれできることでご協力をお願いしたいと思ってます。
 
何かいいアイデアや一日も早い復興を祈ることでも。

よろしくお願いします
プロフィール

今 ここ シャンティ

Author:今 ここ シャンティ
2010年8月、大阪から熊野市紀和町和氣へ引っ越しました。
「地域おこし」という答えが無いようで、すべてが答えでもあるような活動を仕事にしてます。
自分の世界観で善悪を決めず、自然界のバランスを考えて行動できるようになりたいです。

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